2018年 02月 20日
 過去5年間で2度違反をしているぼくは、免許更新時の違反者講習を受けなければならない。本日が指定日だったので、2時間みっちり違反者講習を受けて来た。6〜7人が小さな部屋で開始時間を待って、講師の方が時間が来たので開始しますと講習が始まった。どうせビデオとか見るだろうから、こっそり寝て時間をやり過ごそうと良からぬことを考えていた。開始早々、講師から言われたのは、スマホやタブレットは使うことがないのでカバンの中かポケットにしまって下さいと。机の上に出して、操作しないで下さいとも釘を刺された。そして、この講習は法律に基づいて行われているものなので、きちんと受講していなければ本日免許証を交付することは出来ないと厳しいお言葉。後日再度、講習を受けてもらう必要があると仰った。こりゃ、しっかり受けないといけないぞ・・・。途中10分間の休憩を挟んで2時間の講習は、うとうとすることもなくしっかり受講。最後に警察官から、新しい免許証を手渡された。次の更新時は、優良講習で済むように安全運転を心がけたいと思う。免許証を交付された時、裏に臓器提供に関する意思表示をすることができるので一読して下さいと言われた。 ぼくはこれまで、この手の意思表示は積極的にしてこなかった。理由は臓器提供について、身近に感じたことがなかったし興味がなかったから。でも、今日新しい免許書の裏を見ていると、色々な思いが頭を駆け巡った。次男坊は、潰瘍性大腸炎で大腸を全摘出した。その後、肛門周囲膿瘍、小腸の癒着、短腸症候群となり、現在中心静脈カテーテルから毎日在宅で点滴を投与している。大腸は現在移植可能な臓器ではないが、もし移植可能であるならぼくたちはそれを望むだろう。臓器が提供されるのなら、それを切に望むと思う。人様の臓器を頂くことを望んでいるぼくがいるのに、自分の死後臓器を困っている人に提供することを拒むのはどうなんだろうと、初めてそんなことを考えた。頭では、理解している。でも、である・・・。ぼくの死後、家族の心情もある程度は考慮してあげるべきなんじゃないかなとぼくは思った。 で、Mamaに聞いてみた。臓器提供の意思を表示するのは、記入は自由で表示しないと言う選択肢もある。表示する人には3つの選択肢があって、脳死の状態でも臓器を提供する、心臓が停止した死後にのみ臓器を提供する、そして臓器を提供しない。もしぼくが脳死の状態になったとして、その状態で臓器を提供することにMamaはどう思うのかが知りたかった。話をしたら少しびっくりしたようで、でもきちんと真剣に考えてくれた。で、Mamaの返事は、ぼくが脳死状態でも臓器の提供はできると思うってことだった。ぼくがこんなことを考えたのは、正義感があるとかそんなことじゃないんだけれど、次男坊のように色々な病気で苦しんでいる人と家族がたくさんいて、その人たちのほんの少しの力になれるならって思った。そう、上手く言えないけれど、彼らのことは同志のように思えてならない。ぼくにこんなことを考えさせてくれたのも、次男坊のお陰だ。これまで苦しい思いをたくさんして来て、今現在も多くの制約を背負って生活している。これから先のことを考えると、不安で押しつぶされそうになることもあっただろう。でも、彼のそんな壮絶な体験は無駄になっていないどころか、ぼくにこれまで知らなかった世界を教えてもらえた。ぼくたち家族も、色々な経験を積んで来た。それも含めて、自分の身に起こり降りかかってくることは、何一つ無駄なものなどない。 暫くしてMamaが、『やっぱり、どうかな・・・』ってちょっと迷ったような表情をした。でも、直ぐに、『いや、やっぱり大丈夫!』って。そうだろう、そんなに簡単に処理できる問題じゃない。ぼくも、もう少し考えて、免許証の裏面と向き合うことにしたいと思う。気持ちは、固まっている。
by nishan-cordy
| 2018-02-20 22:40
| 健康
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