2010年 03月 08日
翔が如く二巻 読了
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『明治新政府にはその発足時からさまざまな危機が内在外在していた。征韓論から西南戦争に至るまでの日本の近代をダイナミックかつ劇的にとらえた大長篇小説』
(巻末の解説より)

西郷隆盛を中心に描かれている物語なんだけれど、まだこの段階で西郷隆盛という人がどんな人物なのかぼくには掴めない。幕末と明治維新後で、まるで別人のように感じる。そうなる何かがあったのだろうが、それがなんなのかまだぼくにはよく判らない。これかなって事はないことは無いけれど、本当にそれだけって思えて良く判らない。島津久光との関係が大いに影響しているんだろうけれど、それだけなんだろうか? 坂本竜馬には、勝海舟という人物との決定的な出会いがあった。西郷隆盛には、何があったのだろう? しかしこれら歴史的人物においても、その考えを180度変える事が度々見られる。それだけ柔軟な思考だから歴史的人物たりうるのか、ぼくには推し量る事の出来ない様々なものが彼らの内外に存在し、彼らに影響をじっくりとゆっくりと与えたのだろうか・・・。
もうひとつ面白いと思うのが、 『天のとき』 の存在。所謂、タイミングってやつ。いかに優秀で有能であるかだけではなく、世の中がどれだけ必要としているかって事。でもこの 『天のとき』 は、ある程度コントロールできるもののように思える。本当に偶然のタイミングって事もあるだろうし、自分ではコントロールできないところで時代が動くって事もあるだろう。でも歴史上大きなことを成し遂げた人物 (まだそれほどの人接したわけじゃないけれど・・・笑) は、自分で想いや構想・アイディアをじっくりと醸成し、じっとその時を待った。そしてそのときが来るや、一気に行動を起こす。彼らは、時勢を読むことに長けていたように思う。

ばたばた動いたり、その時々で一喜一憂する。気ばかり先走りして、落ち着きが無い。ぼくには、じっくりと醸成するという忍耐が足らない。風の谷のナウシカで登場する、未完成の巨神兵のようだ。慌てては、事はならないのだろう。などと軽い自己嫌悪に陥りながらも、翔が如く二巻読了。

by nishan-cordy | 2010-03-08 15:41 | | Comments(0)
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